先の新聞記事で、大伯父・儀平の下宿先の住所が明らかになりました。
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昭和8年の小石川区の地籍台帳によると、そこの土地所有者は「松田好生」という人になってます。また、その番地に隣接する一帯を「石本恵吉」との二人で所有してます。松田好生という名を国会図書館デジタルライブラリーで検索したら、高田商会副支配人という記述が出てきました。高田商会といえば、日本の近代化を担った一流商社。
石本の方は、陸軍中将・石本新六の息子にして、新渡戸稲造の門下でリベラルな知識人ともつながっていた人物。個人的には、神保町に洋書輸入の大同洋行を創業したというところに興味を惹かれますが。
石本恵吉 いしもと・けいきち 1887(明20)12-1951(昭26)東京市小石川区高田町(現・文京区関口)に生れる。父新六は男爵、陸軍中将。一高を経て東京大学工学部採鉱冶金学科に入学。一高時代の同級に岩波茂雄がいる。14年卒業、三井鉱山に入社。同年広田静枝(のち加藤シヅエ)と結婚し、三池炭鉱へ赴任。18年病気になり帰京。外遊して労働問題、思想問題に見聞を広める。21年頃三井鉱山を退社、洋書輸入の大同洋行を創業する。超一流の書籍のみ取り扱うという営業方針で、石川三四郎を介しブリュッセル新自由大学にあるエルゼ・ルクリュの蔵書6万巻を1万円で輸入する。また狩野亨吉所蔵の『自然真営道』などを7000円前後で購入し東大図書館に納める。商売というより不遇な学者を援助する文化事業のつもりだったらしい。だがこれらの書籍は関東大震災で烏有に帰し、大同洋行もその後まもなく解散したようだ。30年頃新天地を求めて満州に渡る。36年静枝と離婚。長男新は論理学者。
「小石川区小日向町13」で検索すると、何人かの人物がヒットしますが、それらの人物に共通するのは、陸軍に関係している点です。ということは、そこにあったのは何か陸軍と繋がりがある施設だと思われます。高田商会も単なる商社ではなく、兵器や機械を輸入・納入していた、軍事産業と極めて密接な企業です。軍の中枢(石本家)と、その資材調達を担う商社(高田商会)が隣り合わせに土地を所有していたことは、何を意味するのでしょうか?高田商会は大正14年に倒産しますが、あるいは会社が確保していた土地を、破綻に際して幹部である松田氏と、名門家系である石本氏が分割して引き受け、維持していたのかもしれません。
儀平が下宿していたのは、単なる下宿屋というのではなさそうです。彼は陸軍関係の仕事、学校に行っていたのではないでしょうか。
ここでも、曾祖父と軍との繋がりの影が見えてきました。